25日は滋賀でマザーレイクフォーラムにも行ってきました。
24はグローバルに視野を広げる。25はローカルで動くためにどうするか考える。そんな感じに位置づけて参加しました。
そうそう。リオと言えば、あれですね。セヴァン・スズキのスピーチ
20年経ったんですけど、自分はその時幼児でしたけれど、世界はいい方向に向かっているでしょうか?
きっと、多くの人はそうは思えていないのではないのでしょうか。
でも、僕は、いい方向に向かっていってると思います。
なぜなら、自分が小さいことながら、少しづつ行動していっているからです。量は少ないですが。
確かに、世の中は悲しいことと憤りたくなることもたくさんありますが、それは世の中をもっと良くしていきたいと思っているからなんですよね。
昨日も、岡山に行って切り捨て間伐材をひたすら搬出するお手伝いに行ってきました。
こんなのが大量ですね。林野庁が二酸化炭素吸収機能として間伐を推進しますといっても、それは間伐材を搬出して資源化することが必要条件であって、これじゃ微妙ですよね。。
参考:京都議定書の達成に向けて
「保安林」という表記がシュールです。こんな状態では水源涵養機能も十分とは言えないだろうなと想像します。とまぁ、こんな状態の森をなんとかしちゃるってことで、美作市地域おこし協力隊の人らは気張っとる訳で、そんなふうに世の中を良くしていこうと前線で動きまくってる人らは輝いていますね。
まだ直接お会いしたことは無いですが、トビムシという会社の古川大輔さんという方は、自身のブログでこんな風におっしゃっています。
世の中を良くしたいがために動く、という情熱の持続性は「好き」と「憤り」でできる、なるほどです。今自分に「好き」はあるか?「憤り」はあるか?
情熱とは持続性ある行動力とみれば、それは「好き」×「憤り」である。
では「好き」や「憤り」に出会うにはどうしたらよいか、それが原体験
である。自分自身でしか経験していないもの。好きから始まっても、憤りから始まってもいずれにしろ療法に出会わなければ、情熱は続かないものである。情熱(持続的行動力)↑好き × 憤り↓↑原体験
…ありますねぇ。でも、その程度はどれくらいあるか?
行動の情熱はそうとして、動くためにはどうすれば良いか。
24日のワールドカフェでの気づきがありました。
行動のプロセスはこんな感じです。
知る→考える→選択する→行動する→評価する→考える→…
選択・行動できるための、知識と考える力が、これから必須ですね。
日々、勉強と小さな行動の繰り返し、ですね。
勉強中の本:武器としての決断思考


