1月23日をもちまして働き隊の研修が終了しました。
常吉の人たちや働き隊の人たち、そしてこの事業に関わってきた多くの人たちと出会えたことは大きな財産です。
都会だろうと、田舎だろうと、「暮らしやすさ」というものは人との繋がりであると思うようになりました。丹後という土地は5ヶ月間という短い期間でありながら、クリーンな部分もダーティな部分も含めて大変濃密な人間関係の中で活動をさせてもらいました。
そうしているうちに、丹後という土地には愛着を持ちましたし、これからも携わっていきたいと思います。実は、既に何ヶ月か先の飲み会に呼ばれたりもしました。笑
ポテンシャルの高い自然環境、そこに暮らす人々のコミュニティ、そうしたなかで生産される農林水産物。丹後には大きな可能性があると感じ、ここの未来を作っていけたらとも今は感じます。これからの人との出会いで自分がどう変化するのかは未知ですが、ここの縁脈を次につなげていきたいと思っています。
働き隊の期間中では関われなかった場所や人のところにも尋ねてみたいですし、期間中では見えなかったことも見えるようになりたいです。そのために、一度丹後を離れるこの機会がとても重要なフェーズになるのではないかと思います。
今、こうやって文章を書きながら、これからどうやって残りの休学期間を過ごそうかと考えを巡らせていましたが、この休学期間を含めて、残りの学生生活(ひょっとしたらその先しばらくも)は「丹後(を自分の出発点とした、日本や世界)の未来を作っていくための準備期間」に位置づけてみてもおもしろいなと思います。
ではどんな準備期間なのか。それを規定するためには、自分の生き方を決めなければなりませんね。まだまだじっくり時間をかけて考えていかなければならないことなのですが、やはりキーワードは「里山」「系への意識」「次の世代へ」をベースとした生き方だったりするのかなと。
これから世界がどうなっていくのかはじっと見極めて適切な行動をとっていかなければならない訳ですが、少なくとも今は時代の転換期でもあるとはぼんやりとでも感じますし、これからは人口、エネルギー、経済について自身はもっと知識を貯えていかなければならないと思います。それに気付けたのは丹後に来れたからかも、とも思います。どれだけ技術が発展しようとも、資源制約型の社会になることは間違いないとは思うので、その中で今の当たり前の暮らしができるのか、この恵まれた生活は本質的にどこから来たものなのか、この辺りは見当をつけておきたいと思います。
話は変わって、
当初、このブログは働き隊の研修期間限定でやろうと思ったのですが、ぼちぼちながら、丹後以外のことも、色々とアウトプットしていかないと自分も前には進めないのだろうなという思いがあります。
それは必ずしもブログというツールを使う必要はないのですが、せっかく作ったのに閉鎖してしまうのももったいないですし、bloggerのシンプルなインターフェイスも気に入りましたし、今まで読んでくれていた数少ない人たちにも「自分今こんなこと思ってます」「考え整理してみました」なんてSNSよりも長文投稿が気軽にできるのも少し気持ちが楽かな、なんて思ったりもして、このままぼちぼち続けていこうかなと思います。
ではでは、当初は5行くらいで終わらせようと思っていたのですがずるずるといっちゃいました。これからもよろしくお願いします。